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モーツアルト きらきら星変奏曲
モーツアルトきらきら星変奏曲は、息子も幼稚園で歌った曲である。トゥインクル、トゥインクル、リトル・スター♪と海外でも歌われる童謡だ。モーツアルトきらきら星変奏曲を作ったのは25歳頃で、マリー・アントワネットがルイ16世に嫁いだ時期だ。彼はフランス風雅な変奏曲を提供しようとした。童謡としか捉えていない私たちには簡単に思える曲だが、巧みな技があちらにもこちらにも見られ、モーツアルトきらきら星変奏曲は、弟子教育の曲として作られたのだと実感する。モーツアルトきらきら星変奏曲が、ピアノ演奏者にしばしば難しい曲といわれる所以である。モーツアルトきらきら星変奏曲の視聴をしてみたい。
モーツアルト きらきら星変奏曲 楽譜
セブンアンドワイで楽譜が購入できる。また(国際モツァルテウム財団)のHPは素晴らしい。楽譜もダウンロードできるが、モーツァルトの様々な情報、知識が得られる。
今回の無料楽譜公開は250周年の生誕を記念してのことだとか。モーツアルトきらきら星変奏曲の楽譜もあるだろう。短い人生で、6百を上回る楽曲を創作したモーツアルト。楽譜の枚数は2万枚を越えると聞く。35年の生涯で彼は多くの“美”を残した。
ここで少し、モーツアルト自身に触れてみたいと思う。1756年1月27日オーストリア州のザルツブルグに生誕。誕生日が聖ヨハネの祝日で洗礼名の(ヨハネス・クリュソストムス)黄金の唇、(テオーフィルス)が神から寵愛を受けるという意味である。ヴァイオリン奏者の父親は、彼の音楽の才能に気付き教育を与える。3歳でピアノを弾き、5歳で初の作曲をした神童である。この時期にオーストリア女帝マリア・テレジアに謁見した。父親は幼い彼を連れ、ヨーロッパ各地を周り、13歳でウィーンに戻りオペラ上演。21歳でパリへ移った。成人の彼はパリで成功できず、母を亡くすのである。
本物の肖像画がザルツブルクで見つかった。なんと、数百万ドルも(買えれば)するそうだ!いかほど?なのだろうか(計算が苦手)画家の見え方も捉え方も各々だから、色んなモーツアルトがいる。大概が神経質そうな彼だが、太ったメタボおじさん風の肖像画もある。bowwowオンラインショップでおもしろい物を発見した。モーツアルトのフィギュアである。ピンクの服を着て、肖像画よりいい男に見える。人形の持っているヴァイオリンが欲しいな。モーツアルトきらきら星変奏曲を弾けそうな(ムリムリ)気がする。
モーツアルト フィガロの結婚
25歳のモーツアルトはウィーンに居を置き、下宿屋の娘と結婚。オペラや交響曲やピアノ協奏曲20番、21番など創作した時期である。この頃が人生の中で一番、幸福だったのではないだろうか。その後、オペラ(フィガロの結婚)(ドン・ジョバンニ)が大成功し、交響曲とモーツァルト隆盛時代が到来するのである。晩年は借金返済に困窮し、妻は身体が弱く療養した。貴族の束縛や時代背景にもがき苦しみ、逆らい(魔笛)を通し、人間の生死労苦を描き出す。魔笛は彼が民衆に(音楽に差別はないこと)を与え、彼自身も芸術の昇華を極めた重要な曲である。魔笛の初公演後で(レクイエム)創作途中、1791年12月4日、モーツァルトは息を引き取るのである。享年35歳の生涯であった。
